






アメリカの2007年11月4日深夜(日本時間5日昼)
民主党バラク・オバマ上院議員(47歳)♡~、
が、アメリカ合衆国大統領選挙に当選し、
代44代目の大統領(2009年1月20日)に就任。
地元シカゴにて『勝利者宣言』をした。

演説の耀訳内容は、
『この国の真の力は武力ではなく
民主主義・自由・機会と不屈の希望に由来する』
など16分44秒の演説♡~であった。


『バラク・フセイン・オバマ』氏おさらい。
1961年8月4日ハワイ・ホノルル生まれ47歳。
父・ケニア出身の黒人。母はアメリカ人の白人。
ハワイ&インドネシア育ち♡~。
演説の中に、
“CHANGE”(改革)を10回訴え♡~!
“Yes we can”(私にはできる)と6回♡~!
力強く宣言し、多くの人々に感謝し、
† 神にアメリカと人々に祝福を願った
。



『President-Elect Barack Obama in Chicago』
http://jp.youtube.com/watch?v=Jll5baCAaQU



『シカゴでのオボマ勝利宣言1/2』
http://jp.youtube.com/watch?v=AvHpY4rjdDg


『シカゴでのオバマ勝利宣言2/2』
http://jp.youtube.com/watch?v=2DJuqNyfLoc

英語全文
『Hello, Chicago!』から始まる演説♡~!。
http://my.barackobama.com/page/community/post/stateupdates/gGx3Kc
演説・日本訳語♡~。
シカゴの皆さん、こんばんは
アメリカは、あらゆることが可能な国です。
それを未だに疑う人がいるなら、
今夜がその人達への答えです。
建国の父達の夢がこの時代に
まだ生き続けているかを疑い、
この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら
今晩こそがその人達への答えです。
この国が見た事もない程の大行列が今日
あちこちの学校や教会の周りに伸びていました。
並んだ人達は3時間も4時間も待っていた。
人によっては生まれて初めての経験でした。
今度こそは違うと信じたから、
今度こそ自分達の声が違う結果を作り出せると
信じたから、だからみんな並んだのです。
そしてそうやって並んだ人達が今夜、
疑り深い人達に答えを示したのです。
老いも♡若きも♡、
金持ちも♡貧乏人も♡、
そろって答えました。
民主党員♡も共和党員♡も、
黒人♡も白人も♡、
ヒスパニック♡もアジア人♡も
アメリカ先住民♡も、
ゲイ♡もストレート♡も、
障害者♡も障害のない人達♡も。
アメリカ人♡はみんなして、
答えを出しました。
アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。
私達はただ単に個人がバラバラに
集まっている国だったこともなければ、
単なる赤い州と青い州の集まりだった事もないと。
私達は今までずっと、そしてこれから先もずっと、
すべての州が一致団結したアメリカ合衆国
(United States of America)だったのです。
私達は今まであまりにも長いこと、
あれは出来ない!これは出来ない!と
言われてきました。可能性を疑うよう、
シニカルに恐れを抱いて疑うように
言われ続けてきました。けれども私達は今夜、
アメリカに答えをもらったおかげで、
手を伸ばすことができたのです。
歴史を自分達の手に握るため。
より良い日々への希望に向けて、
自分達の手で歴史を変えるために。
ここまで来るのに、
ずいぶん長くかかりました。
しかし今日と言うこの日、
この夜、この決定的な瞬間に
私達が成し遂げた事のおかげで、
アメリカに変化がやってきたのです。
先ほど少し前に、マケイン上院議員から
実に丁重な電話をいただきました。
マケイン議員はこの選挙戦を長く激しく戦ってきた
しかし議員はそのずっと前から、
愛するこの国のために、
もっと長くもっと激しく戦った人です。
マケイン氏がこの国のために払った
すさまじい犠牲のほどを、
私たちのほとんどは想像すらできない。勇敢で、
わが身を忘れて国に献身するジョン・マケインと
いうリーダーがこれまで国のために尽くし、
働いてくれたおかげで、
私達の世界はより良いところになりました。
私はマケイン議員を称えます。
そしてペイリン知事を称えます。
マケイン議員達が成し遂げてきた事を称えます。
そしてこれから、この国の約束を再生させる為、
マケイン氏達と共に働くのを楽しみにしています。
これまでのこの旅路を
共にしてくれたパートナーに感謝したい。
彼は心を尽くして戦い、
(ペンシルベニア州)スクラントンの街で
一緒に育った人達のために語ってきた。
デラウェアの自宅に電車で帰る際、
一緒に乗り合わせる人達のために戦ってきた。
アメリカの次期副大統領ジョー・バイデンに、
私は感謝したい。
そしてこの国の次のファーストレディ、
ミシェル・オバマ。
彼女が絶え間なく私を支えてくれなければ、
16年前からずっと最高の親友でいてくれた彼女が、
礎となって家族を支えてくれた彼女が、
私にとって最愛の彼女がいなければ、
私は今夜ここに立っていません。
サーシャとマリーヤ。
君たちにはちょっと想像もつかないほど、
お父さんは君たちを愛しているよ。
君たち二人も頑張ったから、約束した通り、
ホワイトハウスには、
新しく飼う子犬を一緒に連れて行けるよ。
祖母はもうこの世にはいませんが、
いま見守ってくれているはずです。
私という人間を作り上げてくれたほかの家族と
一緒に、祖母は見守ってくれています。
今夜ここに家族のみんながいたらいいのに。
それは少し寂しい。
両親や祖父母が私に与えてくれたものは、
あまりに計り知れない。
妹のマヤ、姉のアルマ、そして兄弟や姉妹全員に。
これまで支えてくれて本当にありがとう。
みんなに感謝します。
選対責任者のデビッド・プラフに。
この選挙戦の縁の下の英雄。
アメリカの歴史でおそらく最高の選挙運動を
設計したデビッド・プラフに、感謝したい。
そして戦略責任者の
デビッド・アクセルロッドに。
最初からいついかなるときもずっと一緒に
歩いてくれた彼に、感謝したい。
このために集められた、
政治史上最高のチームに。
この結果は皆さんのおかげです。
この結果を生み出すために、
皆さんはたくさんのことを犠牲にしてきた。
私は皆さんにいつまでも感謝し続けます。
けれどもほかの何を差し置いても、
今夜のこの勝利が真に誰のものなのか、
私は決して忘れません。
この勝利は、皆さんのものです。
皆さんのものなのです。
大統領の職を目指した人たちの中で、
私は常に決して有力候補ではなかった。
最初からたくさんの資金があった訳でもなければ
大勢の後援を受けていた訳でもありません。
私達の選挙戦は
ワシントンの広間で始まった訳ではない。
この選挙戦は(アイオワ州)デモインの裏庭で始まった。
(ニューハンプシャー州)コンコードの居間で始まった。
(サウスカロライナ州)チャールストンの
玄関ポーチで始まったのです。
この選挙戦は働く人達が
なけなしの貯金をはたいて、
5ドルや10ドル、20ドルを提供して、
そうやって築き上げていったものです。
若者は無気力だという神話を拒絶した
若者達が、給料の少ない、
そして睡眠時間のもっと少ない仕事に
自分を捧げる為、
家と家族から離れて参加してくれた。
だからこの選挙戦はますます力をつけたのです。
あるいはそれほど若くない人達から。
凍てつく寒さと焼け付く暑さにもひるまず、
家から家へと赤の他人のドアをノックしてくれた
人達から力を得ました。
ボランティアとなって組織を作って活動した、
何百万人というアメリカ人から力を得ました。
建国から200年以上たった今でも、
人民の人民による人民の為の政治は
この地上から消え去ってはいないのだと証明して
くれた、そういう人たちから力を得たのです。
これはみなさんの勝利です。
それに、皆さんがこの選挙に参加したのは、
ただ勝つためではないと分かっています。
ただ私の為に参加した訳でもない事も、
分かっています。
今晩みんなでこうやって祝いながらも、
私達は承知しているからです。
明日から私達は、この時代最大の課題に
次々と取り組まなくてはならない。
ふたつの戦争。
危機にさらされる惑星。
100年来で最悪の金融危機。
今夜ここにこうして立つ今も、
私達は知っています。
イラクの砂漠でいま目覚めようとする
勇敢なアメリカ人達がいることを。
アフガニスタンの山岳で
目覚めるアメリカ人達がいることを。
彼らが、私達の為に命を危険をさらしている事を。
子供達が眠ったあと、
自分達はまんじりともせず、
どうやって住宅ローンを払ったらいいのか、
病院の請求書をどう払ったらいいのか、
子供の大学進学費をどうやって貯めたらいいのか
眠れずに途方にくれている母親や父親が
あちこちにたくさんいることを。
私達は、
新しいエネルギーを活用しなくてはならない。
新しい仕事を創り出さなくてはならない。
新しい学校を造り、脅威に立ち向かい、
同盟関係を修復しなくてはならない。
私達の前には、
長い道のりが待ち受けています。
目の前の斜面は急です。
目指す所に1年ではたどりつかないかもしれない。
大統領として
1期を丸ごと使っても無理かもしれない。
しかしアメリカよ、私達は絶対にたどり着きます。
今夜ほどその期待を強くしたことはありません。
皆さんに約束します。
私達は、一つの国民として、必ずたどり着きます。
これから先、
挫折もあればフライングもあるでしょう。
私がこれから大統領として下す全ての決定や
すべての政策に賛成できない人は、
たくさんいるでしょう。そして政府が全ての問題を
解決できる訳ではないと、私達は承知しています。
けれども私達が
どういう挑戦に直面しているのか、
私はいつも必ずみなさんに正直に話します。
私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。
意見が食い違うときは、特にじっくりと。
そして何よりも私は皆さんに、
この国の再建に参加するようお願いします。
国を建て直すとき、アメリカでは過去221年間、
いつも必ず同じようにやってきた。
ささくれたタコだらけの手で、
ブロックを一枚一枚積み上げ、
レンガを一枚一枚積み上げてきたのです。
21カ月前、真冬の最中に始まったものを、
この秋の夜に終らせるわけにはいかない。
私達が求めていた変化は、
ただこの勝利だけではありません。
この勝利はただ、
求めていた変化を実現させる為の、
そのチャンスを得たに過ぎないのです。
そして以前と同じようなやり方に戻ってしまったら、
変化の実現などあり得ない。
皆さんなしでは、変化は実現しない。
社会に奉仕するという新しい意欲がなくては、
自分を捧げるという新しいスピリットがなくては、
変化は実現しないのです。だからこそ私達は今、
新しい愛国心を呼び覚ましましょう。
新しい責任感を呼び覚ましましょう。
私達一人ひとりがもっと参加して、
もっと一生懸命努力して、
自分だけの面倒を見るのではなく、
お互いの面倒を見るように。
今回の金融危機から得た
ほかでもない教訓というのは、
メーン・ストリート(普通の町の中央通り)が
苦しんでいるのにウォール・ストリートだけ栄える
など、そんなことがあってはなら無いという事。
それを忘れずにいましょう。
この国の私達は、
一つの国として、一つの国民として、
共に栄え、共に苦しむのです。
この国の政治をあまりにも長い事、
毒で満たして来た、
相変わらずの党派対立やくだらない諍いや
未熟さに再び落ちてしまわないよう、
その誘惑と戦いましょう。
共和党の旗を掲げて初めて
ホワイトハウス入りしたのは、この州の人でした。
そのことを思い出しましょう。
共和党とは、
自助自立に個人の自由、そして国の統一という
価値観を掲げて作られた政党です。
そうした価値は、私たち全員が共有するものです。
そして民主党は確かに今夜、大きな勝利を
獲得しましたが、私たちはいささか謙虚に、
そして決意を持って、
この国の前進を阻んでいた分断を癒すつもりです。
かつて、
今よりもはるかに分断されていた国民に
リンカーンが語ったように、
私達は敵ではなく友人なのです。
感情はもつれたかもしれないが、
だからといってお互いを
大事に思う親密な絆を断ち切ってはなりません。
そして私がまだ
支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。
今夜は皆さんの票を得られなかったかも知れ
ませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。
私は、皆さんの助けが必要なのです。
私は皆さんの大統領にも、なるつもりです。
この国から遠く離れた所で
今夜を見つめている皆さん。
外国の議会や宮殿で見ている皆さん、
忘れ去られた世界の片隅で
一つのラジオの周りに身を寄せ合っている皆さん、
私達の物語はそれぞれ異なります。
けれども私達は皆、
一つの運命を共有しているのです。
アメリカのリーダーシップはもうすぐ、
新たな夜明けを迎えます。
この世界を破壊しようとする者達に告げる。
われわれはお前達を打ち破る。
平和と安全を求める人達にお伝えします。
私達は皆さんを支援します。
そしてアメリカと言う希望の灯は
かつてのように輝いているのかと、
それを疑っていたすべての人達に告げます。
私達は今夜この夜、再び証明しました。
この国の力とは、
もてる武器の威力からくるのでもなく、
もてる富の巨大さからくるのでもない。
この国の力とは、
民主主義、自由、機会、
そして不屈の希望という
私達の理想がおのずと内包する、
その揺るぎない力を源にしているのだと。
それこそが、
アメリカと言う国の素晴らしさです。
アメリカは変われるという、まさにそれこそが。
私達のこの連邦は、
まだまださらに完璧に近づくことができる。
私達がこれまで達成してきたことを見れば、
これから先さらに何ができるか、
何をしなくてはならないかについて、
希望を抱くことができるのです。
今回の選挙には色々な「史上初」があり、
これから何世代にもわたって
語り継がれるいろいろな物語がありました。
けれども私が今夜なによりも思い出すのは、
アトランタで投票したひとりの女性の物語です。
彼女はほかの何百万というたちと同様に、
この選挙に
自分の声を反映させようと行列に並びました。
ただ一つだけ、ほかの人と違うことがあります。
アン・ニクソン・クーパーさんは106歳なのです。
奴隷制が終ってから一世代後に、
彼女は生まれました。
道路を走る自動車もなければ、
空を飛ぶ飛行機もなかった時代です。
その時代、彼女のような人は
二つの理由から投票できなかった。
女性だから。そして皮膚の色ゆえに。
さらに私は今晩、
アメリカで生きた100年以上の間に
クーパーさんが目にした、
ありとあらゆる出来事を思っています。
心を破られるほどの悲しみ、
そして希望。困難と、そして進歩。
そんなことはできないと言われ続けたこと。
にもかかわらず、
ひたむきに前進し続けた人達のこと。
あのいかにもアメリカ的な信条を掲げて。
Yes we can。私達にはできる!、と。
女性は沈黙させられ、
女性の希望は否定されていた時代にあって、
クーパーさんは生き続け、
女性が立ち上がり、声を上げ、
そしてついに
投票権に手を伸ばすのを目撃したのです。
Yes we can。私達にはできる!のです。
アメリカの大草原に絶望が吹き荒れ、
大恐慌が国を覆ったとき、
クーパーさんは「新しい契約(ニュー・ディール)」と
新しい仕事と新しく共有する目的意識によって、
国全体が恐怖そのものを克服する様を
目撃しました。
Yes we can。私達にはできる!のです。
この国の湾に爆弾が落下し、
独裁が世界を支配しようとしたとき、
時の国民が立ち上がり、
偉業を達成し、そして民主主義を救うのを
クーパーさんは見ていました。
Yes we can。私達にはできる!のです。
クーパーさんは
(人種隔離政策が行われていたアラバマ州)
モンゴメリでバスが黒人を差別するのを知り、
(同州)バーミングハムで警官が消火ホースの
水でもって黒人を抑圧するのを知り、
(流血のデモ行進が行われた同州)セルマの橋を
知り、そしてアトランタからやってきた牧師と
時代を共有しました。
アトランタからやってきたその牧師は人々に
「We shall overcome(私達は克服する)
」と語った。
Yes we can。
私達にはできる!のです。
人が月面に着陸し、
ベルリンでは壁が崩壊し、
われわれの科学と想像力によって
世界はつながりました。
そして今年、この選挙で、
彼女は指でスクリーンに触れ、
そして投票したのです。
なぜならアメリカで106年生きてきて、
幸せな時代も暗い暗い時代も
このアメリカでずっと生きてきて、
クーパーさんは知っているからです。
このアメリカと言う国が、
どれほど変われる国なのか。
Yes we can。
アメリカよ、
私達はこんなにも遠くまで歩んできました。
こんなにもたくさんのことを見てきました。
しかしまだまだ、
やらなくてはならないことはたくさんあります。
だから今夜この夜改めて自分に問いかけましょう。
もしも自分の子供達が
次の世紀を目にするまで生きられたとしたら。
もしも私の娘たちが幸運にも、
アン・ニクソン・クーパーさんと同じくらい
長く生きられたとしたら
娘達は何を見るのでしょう?
私達はそれまでに
どれだけ進歩できるのでしょうか?
その問いかけに答えるチャンスを今、
私達は手にしました。
今この時こそが、私たちの瞬間です。
今この時にこそ、私達は人々がまた
仕事につけるようにしなくてはなりません。
子供達の為に、
チャンスの扉を開かなくてはなりません。
繁栄を取り戻し平和を推進しなくてはなりません。
今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、
基本的な真理を再確認しなくてはなりません。
大勢の中にあって、私達は一つなのだと。
息をし続ける限り私達は希望をもち続けるのだと。
そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、
そんなことできないという人達に対しては、
一つ国民の魂を端的に象徴する
あの不朽の信条でもって必ずやこう答えましょう。
Yes we can。
ありがとう。神様の祝福を。
そして神様が
アメリカ合衆国を祝福します様に。

演説の中に登場した106歳の黒人女性♡
アン・ニクソン・クーパーさん。
37歳の時に初めて選挙権が与えられ、
60年近くを待ち望んだ黒人の大統領♡~。
真に、多くの人々の夢と忍耐と希望が、
形と成った選挙の結果♡~。
47歳とは若い大統領ですが、
その分これから多くの時間が与えられました。
ひたすら、オバマ次期大統領の上に、
また、ご家族の皆様の上にも♡♡♡♡~、
神様のご加護があります様に、
心よりお祈り致して下ります
。



アメリカは戦争から停戦の道を選択し、
民衆は大統領を選びました♡~。
日本では、過去に有った戦争を、
『侵略戦争』では無い!との、某元J衛隊
NG!人物の登場とNG!発言。
さてこれから、“変革”政治!。
† 平和の道の歩み=政治♡~が、
世界の人々の上にあり・また、
† 神様の祝福が、
世界中の人々の上にあります様に
。


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